過労死ラインだけじゃない! 労災認定基準の見直しについて解説
- その他
- 過労死
- 労災
令和3年9月、岡山市内のテレビ局の社員が長時間労働による過労が原因で自殺をしたという報道がありました。社内調査によると、自殺をした社員は、「過労死ライン」とされる月100時間以上の時間外労働を行っていたことがわかりました。過度な疲労や心理的負荷が蓄積すると過労死が生じる可能性がありますので、十分に注意が必要です。
労働者が脳や心臓疾患を発症した場合に、それが労災にあたるかどうかについては、「過労死ライン」という認定基準に従って判断されています。しかし、従来は、労働時間の長短に比重を置いた認定基準でしたが、労災認定基準の見直しによって、他の要因も勘案しながら総合的に労災を認定することができることになりました。
今回は、見直しによって新しくなった過労死の労災認定基準について、ベリーベスト法律事務所 岡山オフィスの弁護士が解説します。
1、過労死と認められる労災
過労死と認められる労災には、どのようなものがあるのでしょうか。以下では、労災と過労死についての基本的事項について説明します。
-
(1)過労死とは
過労死等とは、過労死等防止対策推進法2条によって、以下のように定義されています。
- 業務における過重な負荷による脳血管・心臓疾患を原因とする死亡
- 業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡
- 上記の負荷による脳血管疾患、心臓疾患、精神障害
「過労死等」という名称となっているとおり、死亡に至らない疾患なども過労死等防止対策推進法の対象となっています。
-
(2)労災としての過労死の具体例
過労死等として労災認定を受けることができる代表的な例としては、以下のものが挙げられます。
① 脳血管疾患
脳血管疾患の代表例としては、脳内出血(脳出血)、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症などがあります。
片側の手足がしびれる、ろれつが回らない、会話の内容が理解できない、めまいがするなどの症状がある場合には、脳血管疾患の可能性がありますので、早めに専門医を受診するようにしましょう。
② 心臓疾患
心臓疾患の代表例としては、心筋梗塞、狭心症、心停止、解離性大動脈瘤などがあります。
胸が圧迫されるような感じがある、胸がドキドキする感じがある、心臓の拍動を意識する感じがあるなどの症状がある場合には心臓疾患の可能性がありますので、早めに専門医を受診するようにしましょう。
③ 精神障害による自殺
精神障害の代表例としては、うつ病、急性ストレス反応などがあります。ただし、認知症や頭部外傷などによる障害、アルコール・薬物障害などの精神障害は、労災の対象外となります。
やる気が出ない、眠れない、何をやっても楽しくないなどの症状がある場合には、精神障害の可能性がありますので、早めに専門医を受診するようにしましょう。
2、脳・心臓疾患の労災認定基準が改正
令和2年9月、労災認定基準が約20年ぶりに改正されて、いわゆる「過労死ライン」が見直されることになりました。以下では、改正された脳・心臓疾患の労災認定基準について説明します。
-
(1)過労死ラインは維持
過労死ラインとは、病気や死亡に至る危険性が高まる時間外労働時間のことをいいます。厚生労働省では、「脳・心臓疾患の認定基準」を定めて、脳・心臓疾患の労災認定に関する基本的な考え方を示しています。
具体的には、以下のような場合に該当すれば、業務と発症との関連性が強いと評価されることになります。
- 発症前1か月間におおむね100時間を超える時間外労働があった
- 発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月あたりおおむね80時間を超える時間外労働があった
過労死ラインの引き下げについても議論はありましたが、今回の改正においては、過労死ライン自体は維持したまま、以下のように新たな認定基準が追加されることになりました。
-
(2)労働時間以外の負荷要因も重視すること
従来の労災認定基準では、過労死ラインという時間外労働の長短を重視して業務と発症との関連性を判断していました。しかし、過労死の発生には、時間外労働以外の要因もあることから、今回の改正では、労働時間以外の負荷要因も重視して過労死認定を行うことが明示されました。
これによって、過労死ラインとなる時間外労働がなかったとしても、労働時間以外の負荷要因が認められる場合には、より柔軟に過労死と認定される可能性が高くなりました。
3、そのほか、主な改正点
上記以外の主な労災認定基準の改正点としては、以下のとおりです。
-
(1)労働時間以外の負荷要因の追加
従前の労災認定基準においても労働時間以外の負荷要因に関する定めはありましたが、今回の改正では、新たに以下の項目が追加されることになりました。
- 休日のない連続勤務
- 勤務間インターバルが短い勤務
- そのほか事業場外における移動を伴う業務
- 心理的負荷を伴う業務
- 身体的負荷を伴う業務
-
(2)「短期の過重業務」、「異常な出来事」を明確化
労災認定基準として、「短期間の過重業務」、「異常な出来事」、「長期間の過重業務」などの明らかな過重負荷によって発症した脳・心臓疾患を業務上の疾病として扱うというものがあります。今回の改正では、このうち「短期の過重業務」、「異常な出来事」にあたるケースが明確化されました。
① 短期の過重業務- 発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合
- 発症前おおむね1週間継続して、深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合
② 異常な出来事- 業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合
- 事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合
- 生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合
- 著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行などを行った場合
- 著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合
-
(3)対象疾病の追加
改正前は、不整脈が一義的な原因となって発生した心不全症状などは、「心停止」に含めて取り扱うことになっていました。
しかし、心不全と心停止は異なる病態であることから、新たに「重篤な心不全」についても心臓疾患の対象疾病に含めることになりました。なお、重篤な心不全には、不整脈によるものも含まれます。
4、労災と認められるためには
過労死によって死亡や疾患が生じた場合には、どうすれば労災として認めてもらうことができるのでしょうか。
-
(1)業務が原因として生じたものであること
過労死について労災の認定を受けるためには、対象疾病を発症して、当該疾病が業務との関連性を有していることが必要となります。そして、業務との関連性を有しているかに関しては、以下の要素によって判断することになります。
① 異常な出来事
異常な出来事とは、発症直前から前日までに発生状態を時間的・場所的に明確にすることができる異常な出来事に遭遇したことをいいます。
② 短期間の過重業務
短期間の過重業務とは、発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したことをいいます。
③ 長期間の過重業務
長期間の過重業務とは、発症前の長期間にわたって著しい疲労の蓄積をもたらすほどの特に過重な業務に就労したことをいいます。
上記の①から③のいずれかに該当する場合には、業務による明らかな過重負荷を受けたことによって発症した疾病であるとして業務との関連性が認められます。その際には、労災認定基準の改正を踏まえて、労働時間以外の負荷要因も重視したうえで総合判断を行うことになります。
-
(2)労災認定が認められない場合には不服申し立てが可能
労災認定は、労働基準監督署に申請をして行うことになりますが、申請をすれば必ず労災認定を受けることができるというわけではありません。場合によっては、労災認定を受けることができないこともありますが、結果に不満がある場合には、不服申し立てをすることができます。
労災認定に不服がある場合には、処分を知った日の翌日から3か月以内に労働者災害補償保険審査官に対して審査請求を行います。また、審査請求の結果にも不服がある場合には、今度は労働保険審査会に再審査請求をすることができます。さらに審査請求や再審査請求の結果に不服がある場合には、裁判所に対して取消訴訟を提起することもできます。
5、まとめ
脳・心臓疾患の労災認定基準が令和2年9月に約20年ぶりに改正されることになりました。従来は、労働時間を重視した過労死の認定であったことから過労死ラインに満たないものについては、ほとんど労災と認定されることはありませんでした。
しかし、労災認定基準の改正により、過労死ラインだけでなく労働時間以外の負荷要因についても重視することが明確化されましたので、これまでは過労死として労災認定を否定されていた事案であっても、労災として認められるものもあるといえるでしょう。
労災についてお悩みの労働者やそのご遺族の方は、ベリーベスト法律事務所 岡山オフィスまでお気軽にご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています