【企業担当者向け】休職中の従業員の社会保険料を支払う義務はある?
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全国健康保険協会(協会けんぽ)の事業年報によると、2020年度末時点における岡山県内の同協会所管健康保険の被保険者数は、43万8220人でした。
従業員が休職している最中も、会社はその従業員の社会保険料を納付しなければなりません。立て替えた従業員負担分の社会保険料が未回収となってしまう事態を防ぐため、できる限り事前の対策を講じておきましょう。
今回は、従業員が休職した際の社会保険料の取り扱いについて、ベリーベスト法律事務所 岡山オフィスの弁護士が解説します。
1、従業員が休職中でも、社会保険料の支払いは発生する
従業員が休職している期間も、原則として出勤している期間と変わらず、社会保険料の支払いが発生します。
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(1)社会保険料額は「標準報酬月額」によって決まる
健康保険料・厚生年金保険料の金額は、「標準報酬月額」によって計算されています。
標準報酬月額は、毎年4月から6月の3か月間に受け取った賃金額(手当なども含むが、年3回以下の賞与は除く)の月額平均に基づいて決定されます。
(例)4月から6月の月額平均賃金が23万円~25万円の場合、厚生年金保険の標準報酬月額は24万円になります(令和3年度保険料額表・東京都)。
標準報酬月額に対して各保険料率を乗じることにより、社会保険料の金額が算出されます。 -
(2)休職しても標準報酬月額は改定されない
従業員が休職したとしても、原則として標準報酬月額は改定されません。
標準報酬月額の改定は、基本的に「定時決定」と「随時改定」の2通りの方法によって行われます。- ① 定時決定
4月から6月の3か月間に受け取った賃金額(年3回以下の賞与は除く)の月額平均に基づき、同年9月から翌年8月までの標準報酬月額が決定されます。 - ② 随時改定
以下の3つの条件をすべて満たす場合に、変動月から起算して4か月目以降の標準報酬月額が改定されます。
- 昇給または降給等によって固定的賃金に変動があったこと
- 変動月から3か月間に支給された賃金(年3回以下の賞与は除く)の平均月額に基づく標準報酬月額と、従前の標準報酬月額の間に2等級以上の差が生じたこと
- 変動月以降の3か月とも、支払い基礎日数が17日(特定適用事業所に勤務する短時間労働者は11日)以上であること
休職したことによって賃金が減ったとしても、上記の随時改定事由には該当しません。
労働日数が減ったことによる賃金の減少に過ぎず、固定的賃金に変動があったわけではないからです。
したがって、従業員が休職している期間中も、社会保険料が0円になるわけではないため、休職前と変わらず納付が必要となるのが原則となります。 - ① 定時決定
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(3)4~6月に休職して給与が不支給となった場合には、標準報酬月額が減る
休職期間が4月から6月の期間に当たり、欠勤によってこの期間の賃金が減る場合、定時改定によって、結果的に標準報酬月額が減額されることは考えられます。
この場合、新たな標準報酬月額は同年9月から翌年8月までの1年間適用されます。
2、従業員が休職中の社会保険料は誰が支払う?
従業員が休職中の社会保険料は、負担割合こそ労使折半であるものの、実際の納付義務は会社にあります。
社会保険料を賃金から天引きできない場合、会社は社会保険料の回収方法を検討しなければなりません。
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(1)社会保険料の納付義務は会社にある
社会保険料の納付書(納入告知書)は、年金事務所から事業主(使用者)に対して送付されます。年金事務所に対する社会保険料の納付義務は会社にあるためです。
負担割合は労使折半とされていますが、従業員負担分の社会保険料については、会社の責任で回収しなければなりません。もし会社が社会保険料の納付を怠った場合、国税滞納処分の対象となります(厚生年金保険法第86条、健康保険法第180条)。 -
(2)給与の支給がない場合、社会保険料を天引きできない
従業員負担分の社会保険料は、毎月の賃金から天引きするのが一般的です。
しかし、休職によって支払うべき賃金がゼロ(または極めて少額)の場合、賃金から社会保険料を天引きすることができなくなってしまいます。
この場合、会社が従業員負担分の社会保険料を回収するには、別の手段を用いなければなりません。 -
(3)社会保険料の回収方法は、従業員との取り決めに従う
賃金から社会保険料を天引きできない場合、従業員負担分の社会保険料の回収方法は、会社と従業員の間の取り決めに従います。
労働契約や就業規則で回収方法が定められていれば、その内容に従って従業員負担分の社会保険料の回収を行います。会社指定の口座に対して、毎月振り込んでもらう形などをとるのが一般的です。
また、従業員が健康保険から傷病手当金を受給する場合には、傷病手当金の受取口座として会社名義の口座を指定することも考えられます。この場合、会社は傷病手当金から天引きすることで、従業員負担分の社会保険料を回収できます。
3、従業員が休職中の社会保険料について知っておくべきこと
従業員が休職中の社会保険料の支払いについては、以下の2点に留意しておきましょう。
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(1)休職後そのまま退職する従業員も多い|会社が立て替えるのは危険
健康上の理由で休職した従業員は、そのまま職場復帰せずに退職してしまうケースも多いです。
仮に会社が従業員負担分の社会保険料を立て替えた場合、その後に従業員が退職してしまうと、従業員から社会保険料を回収することが困難になってしまいます。
そのため、従業員負担分の社会保険料を会社が立て替えることは極力避け、傷病手当金からの天引きなど、確実な回収手段を準備しておきましょう。 -
(2)産前産後休業・育児休業期間は、社会保険料の支払いが免除される
産前産後休業期間および3歳未満の子どもを養育するための育児休業期間については、従業員・事業主両方の社会保険料負担が免除されます。
免除の申出は、期間中に事業主が年金事務所に対して行う必要があります。
4、会社が立て替えた社会保険料を従業員が支払わない場合の対処法
会社が休職した従業員負担分の社会保険料を立て替えた後、従業員が立て替えた額を支払わない場合、会社は法的手段を用いて回収に乗り出すほかありません。
従業員が支払わない社会保険料を回収するには、以下の方法が挙げられます。
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(1)従業員に対する債務があれば相殺する|ただし給与との相殺は違法
会社が従業員に対して何らかの債務を負っている場合には、その債務と社会保険料支払請求権を相殺することが考えられます。
ただし、毎月支払う賃金と社会保険料支払請求権を相殺することは、賃金全額払いの原則(労働基準法第24条第1項)に違反するので注意が必要です。 -
(2)支払督促を申し立てる
裁判所を通じた法的手続きの中でも、比較的簡易に利用できるのが「支払督促」です。
会社からの申し立てを受け、裁判所は従業員に対して、未納となっている社会保険料を支払うべき旨の支払督促を送達します。
従業員が支払督促を受け取ってから2週間以内に異議申し立てが行われなければ、会社はさらに仮執行宣言付支払督促を申し立てることができます。仮執行宣言付支払督促は、強制執行の債務名義として用いることが可能です(民事執行法第22条第4号)。
ただし、支払督促または仮執行宣言付支払督促に対して、適法な異議申し立てがなされた場合、自動的に訴訟手続きへ移行してしまう点に注意しましょう。 -
(3)訴訟を提起する
従業員から未納の社会保険料を回収するためには、民事訴訟を提起することも考えられます。
訴訟では、社会保険料支払請求権の存在を、証拠によって立証しなければなりません。
具体的には、賦課された社会保険料額を納入告知書等によって示したうえで、休職により賃金から社会保険料を天引きできなかったことが分かる資料を提出することになるでしょう。
訴訟手続きへの対応は専門的かつ煩雑なため、弁護士へのご依頼が安心です。 -
(4)強制執行を申し立てる
仮執行宣言付支払督促や、訴訟の確定判決などは、強制執行の申し立てに必要な債務名義として用いることができます。これらの債務名義を取得したら、すぐに強制執行の申し立てへ移行しましょう。
ただし、強制執行を申し立てる際には、差し押さえるべき従業員の財産を特定しなければなりません。
会社としては、給与振込口座は把握しているケースが多いですが、それ以外の従業員財産を特定した場合には、弁護士にご依頼いただくのがおすすめです。証拠収集についてのアドバイスを受けられますし、強制執行手続きへの対応も一任できます。
5、まとめ
従業員が休職したとしても、会社は引き続き従業員の社会保険料を支払わなければなりません。従業員負担分の社会保険料の回収に困難を来すケースもあるため、できる限り事前に確実な回収方法を準備しておきましょう。
ベリーベスト法律事務所では、人事労務や債権回収などに関する法律相談を、随時受け付けております。
求職者に係る社会保険料の取り扱いについてご不明点のある方、従業員から社会保険料を回収できずに困っている企業経営者・担当者の方は、ぜひお早めにベリーベスト法律事務所 岡山オフィスへご相談ください。
- この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています